あの頃の流行は?

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1987年の流行語 2008-05-18 22:56:29 

1987年の流行語と歴史をまとめてみたよ。
1987年の新語部門の金賞は「マルサ」。この年、伊丹十三監督の映画「マルサの女」が公開され、舞台となったマルサと呼ばれる国税局査察部が注目されたんだよね。
銀賞は「JR」。どうしてって思う人もいるかもしれないけど、この年、それまで国が所有していた国鉄は、分割民営化されてJRになったんだよね。JRを境にアルファベットの略の名称が増えたような気がするな。
そして、銅賞は「第二電電」。1985年の通信自由化を受けて事業を開始した通信事業者だったんだよ。今では、IDOとKDDと合併してKDDIとなったけどね。
この年の新語部門表現賞は「サラダ記念日」。高校の国語教師だった俵万智さんが出版した短歌集が話題となったんだったよね。
それからもうひとつは「朝シャン」。今では朝シャンプーをする人もたくさんいるけど、当時はシャンプーと言えば夜が当たり前。朝するなんて発想なかったんだよね。それが資生堂のCMから朝シャンプーする人が増えて生まれた言葉だったんだよね。
さらにもうひとつは「ノリサメ」。今使っても分かんないかな。ノッてるかと思うとサメているという、新しいタイプの人たちのことをこう呼んだんだよね。いまでもいるんじゃない?こういう人。
1987年、流行語部門金賞は「懲りない○○」、銀賞は「なんぎやなぁ」、銅賞は「ゴクミ」
金賞の懲りない○○は、安部譲二さんの小説「塀の中の懲りない面々」から。安部譲二さんは元暴力団の組長という異色のプロフィールの持ち主だったんだよね。銅賞のゴクミは、後藤久美子さんのニックネーム。国民的美少女と呼ばれ、大人気だったよね。
1987年の流行語部門大賞は「マンガ日本経済入門」、「ワンフィンガー、ツーフィンガー」
大衆賞は、「サンキューセット」。この年マクドナルドがハンバーガーセットを390円で売り出し話題になったんだったね。
1987年特別部門特別功労賞は「国際国家」、特別賞は「鉄人」
1987年は国鉄がJRになったり、通信事業で第二電電が登場したりと国が独占していた事業が民営が行うようになった年だったのかな。マックの390円が話題になるなんて、それまでどんなに高かったんだろうって思っちゃうよね。


ガーデニング 道具
雑草 除草
太陽光発電

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1986年の流行語 2008-05-16 22:40:25 

1986年の流行語と出来事はどんなんだったか見てみよう。
この年第3回を迎えた流行語大賞、1986年の新語部門金賞は「究極」。別にこの年に作られた言葉じゃなくて、その前からあった言葉だったんだけど、このころ起こっていたグルメブーム、あるいはグルメ漫画ブームの中で「究極」っていう言葉が使われたのね。この究極がグルメ以外にもいろんな場面で使われたことから、この年の新語大賞に選ばれたの。
銀賞は「激辛」。いまや激辛の食べ物は目新しくないけど、グルメブームの到来とともに韓国や東南アジアや中南米の料理が日本に続々と紹介されて、香辛料の利いたエスニック料理が注目されたの。それまでも食べていたカレーやラーメンなんかもどんどん激辛が登場、このころから激辛な食べ物の時代がやってきたのよね。
銅賞は「ファミコン」。インベーダーゲームで始まったコンピューターゲームは、ゲームセンターでやるゲームから、ゲームウォッチヘ。ゲームウォッチっていうのは今のゲームボーイみたいに携帯用ゲーム機だったんだけど、ゲームボーイみたいにカセットを取り換えることができなくて一つのゲームしかできなかったのね。そして、ファミコンの発売。画期的だったのは、カセットを取り換えることでいろんなゲームができること。それまでも、家庭のテレビにつなげて遊べるゲーム機はあったんだけど、5種類ぐらいのインストールされたゲームのみしか楽しめなかったのね。カセット式は本当に画期的だったんだから。発売当初は、キーボードとかも別売りされていてマイコンとして使うこともできたんだよ。マイコンっていうのは「マイコンピューター」の略。個人の使うコンピュータのことを指してたんだ。う~ん、懐かしいな。
1986年の新語部門表現賞は「川の手」「アークヒルズ」「家庭内離婚」
家庭内離婚なんて現代では珍しくなくなった(?)けど、当時としては社会が大きなショックを受けたんだよ。結婚して一緒に生活していながら、離婚同然とは世も末だ!って感じでね。今とは結婚に対する考え方もだいぶ違ってたのかな。
流行語部門金賞は「新人類」、銀賞は「知的水準」、銅賞は「亭主元気で留守がいい」。
新人類というのは、この年新社会人になった若者たちを指した言葉。当時管理職にあったおじさま方は、入社してきた若者の考え方や行動が理解できずにこう呼んでたんだよね。その新人類も今では管理職となっていまどきの若者が理解できないって思ってるんだから面白いよね。
銅賞の「亭主元気で留守がいい」は、防虫剤のCMから生まれた言葉だったよね。このCMは面白かったな。それまでみんな口にこそ出さなかったけど、世の奥様方の本音を言ったのが注目された理由じゃないかな。
1986年の流行語部門大衆賞は「おニャン子」。おニャン子クラブはフジテレビで夕方5時から放送されていたバラエティー番組でした。素人の女子高生が放課後のクラブ活動感覚で番組に出演しているのが人気でしたよね。決してうまくない歌も大ヒットしました。今でも芸能界で頑張っている人や、有名人の奥様になられた人がたくさんいますね。活動期間は短かったのに伝説となっているグループですよね。
さらに、もう一つの大衆賞は「プッツン」。今では芸術家となってしまった片岡鶴太郎さんのギャグでした。プッツン女優なんて呼ばれた人もいましたっけね。
流行語部門特別賞は「やるしかない」。当時政界を揺るがした社会党党首の土井たか子さんの言葉でしたね。このころの社会党は何かやってくれそうな元気さがありましたよね。
流行語部門特別賞は「150円台」、語録賞は「バクハツだ!」「なんだかわからない」、不快語追放応援賞は「地上げ」「底地買い」
150円台は1ドルの値段。それまで、200円を超えてたんだから150円台は大変だったんだよ。「バクハツだ!」は芸術家・岡本太郎氏の言葉。「地上げ」「底地買い」っていうのは土地を高く売るために買ったりしたことだよね。経済詳しくないからわかんないけど。


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1985年の流行語 2008-05-15 22:25:09 

1985年の流行語を見てみよう。
1985年は流行語が始まって第2回目。流行語はその年起きたことを反映していて面白いよね。
この年の新語部門金賞は「分衆」。日本社会の自信を表した新語だったんだよ。経済的絶頂期を目前にした日本人は、価値観が多様化・個性化・分散化して、従来の均一的なみんな女んじ的な発想ではなくなって、分衆が生まれたんだよね。でも、この言葉今ではすっかり通じなくなったよね。
銀賞は「パフォーマンス」。今ではいろんな場面で使われるパフォーマンスだけど、この年、日本社会党が「愛と知と力のパフォーマンス」って言葉を使って、世間にパフォーマンスという言葉が広がったのね。
銅賞は「NTT」。それまで国営だった日本電信電話公社(電電公社)は、1984年12月20日に成立した電電改革三法により民営化されNTT(日本電信電話株式会社)として再スタートしたんだよね。それまで、お国の事業だった通信事業が民営化されたことは驚きの出来事だったんだから。民営化されてなかったら、今ほど携帯文化が発展していなかったかもね。
1985年の新語部門表現賞は「キャバクラ」。キャバクラっていうのは、キャバレーとクラブの合成語なんだけど、キャバレーとクラブとキャバクラってどう違うのよ~。
さらに、表現賞には「言語戦略」と「ネバカ」も選ばれたんだよね。
ネバカっていうのは、女子大生のオールナイターズや女子高生のおニャン子クラブがブームとなった世相を批判した言葉で、おだてられて舞い上がっている若い女の子たちを指摘した「根っからのバカ」の略語です。おバカキャラが人気の現代から見ると何が悪いのかわかんないよね。
そして、流行語部門金賞は「イッキ!イッキ!」、銀賞は「トラキチ」、銅賞は「角抜き」
当時はお酒を一気にごくごくと飲むことが流行したんだよね。その時の掛け声が「イッキ!イッキ!」。とんねるずが歌にも歌ったよね。このころには、一気飲みで急性アルコール中毒で救急車を呼ぶ人も出たりして大変だったよね。
トラキチは21年ぶりの優勝をした阪神タイガースの熱狂的なファンのことを言ったよね。ハッピ、メガホン、帽子の三点セットがトラキチの必需品。なんか大阪が元気だったよね。
大衆賞には「私はコレで会社をやめました」。禁煙パイポのCMが注目されたんだよね。最初の人は禁煙パイポをもって「私はコレでたばこをやめました」、次の人も同じように「たばこをやめました」、そして、三人目は小指を立てて「私はコレで会社をやめました」ってオチ。終身雇用制が当たり前の時代、会社を辞めることは今とは比べ物にならないぐらい人生を狂わす出来事だったんだよ。それを笑いにしてしまったこのCMはすごかった。
もう一つの大衆賞は「投げたらアカン」、特別賞は「100ドルショッピング」、特別語録賞は「愛しているからツラいのよ」、特別功労賞はテレビ番組「おれたち、ひょうきん族」から飛び出した各種の流行語だったんだよ。
ひょうきん族からはたくさんの流行語が生まれたよね。今もお笑いは人気だけど、あの頃、お笑いブームで飛び出してきた芸人さんたちが集まったひょうきん族は面白かったな。それまで大好きだったドリフを振っちゃったもんね。

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1984年の流行語 2008-05-14 22:42:35 

毎年年末に発表される流行語大賞は1984(昭和59)年にスタートしたんだよ。
第1回の1984年の新語部門金賞は「オシンドローム」。NHK朝の連続テレビ小説「おしん」が一大ブームを巻き起こした年だったんだね。おしんはとってもハードな物語。すさまじい苦労の連続、それを必死に耐え抜くお話だったんだ。戦後を働き抜いて豊かな生活を手に入れた日本人の心に共感の嵐を巻き起こしたんだよ。
どんな苦しさにも明るさを失わない心やさしい主人公のおしん。涙しながらこのドラマをみんな見てたんだよね。のちに、海外でも放送されて評判となったらしいよ。
銀賞は「鈴虫発言」。受賞したのは時の内閣総理大臣、中曽根康弘氏。この年の前年、ロッキード事件の実刑判決が田中角栄元首相に下されたんだけど、その年の暮れの総選挙は、政治倫理問題が最大の争点となったんだよね。これに中曽根首相は「倫理、リンリと、まるで鈴虫が鳴いているようだ」と切り返し流行語になったんだよ。
銅賞は「スキゾ・パラノ」。さっぱりわからない言葉だよね。これは、京都大学助手の浅田彰さんが人間の特質を分類した言葉なんだよ。スキゾ人間は、一つのことにこだわらずいろいろなことに興味を持つ人のこと、パラノ人間は、一つのことに熱中してほかのことは全く考えない人のこと。パラノ人間は今でいえばオタクなんじゃないかな。どっちにしても偏りすぎるのは問題だよね。
1984年新語部門特別賞は「特殊浴場」。特殊浴場というのは「ソープランド」のこと。ふつうのお風呂と違ってお姉さんが洗ってくれるお風呂屋さんのことだよね。ソープランドのことを昔は「トルコ風呂」って呼んでたんだ。これをトルコからの留学生がトルコの名前を外すように運動して「特殊浴場」という名前が提案されたんだよ。だけど、今では「ソープランド」が定着してるよね。
流行語部門金賞は「まるきん」「まるび」、銀賞は「くれない族」、銅賞は「疑惑」、特別賞は「千円パック」、大衆賞は「す・ご・い・で・す・ネッ」「教官!」。
まるきんはお金持ちのこと、まるびはお金がなことだったよね。お金がないときは「あたし、今日まるびだから遊べない」なんて使ってたよね。
「す・ご・い・で・す・ネッ」はタレント・所ジョージさんのギャグ。「教官!」はドラマ「スチュワーデス物語」の主人公のセリフからだったよね。このドラマはすごい人気だったな。

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1950年代の流行 2008-05-13 23:07:38 

流行は繰り返されるとよく言いますが、昔流行したものが形を変えて現代に登場することはよくあることだよね。
1950年代にはどんなものが流行したのか見てみよう。
50年代のファッションは、アメリカンスタイルがブームだったんだよ。
戦争の傷跡が癒え始めた1950年代、消費文化は一挙に花開いたんだ。
1947年にパリでクリスチャン・ディオールがニュー・ルックを発表。ニュー・ルックというのは、布をふんだんに使ったスカートで、女性らしいスタイル、丸みを帯びた肩と胸、細く絞ったウエストが特徴のスタイルだったんだ。
このニュー・ルックが1950年代のファッションでは流行したんだ。華やかな服が次々と作られて、日本でも布地をたくさん使った裾の広がったスカートが女性の間で流行したんだよ。
当時のファッションはアメリカを経由して入ってきてたから、日本では「アメリカン・スタイル」って呼ばれてたんだ。原型はアメリカン・スタイルの原型はニュー・ルックで、世界的に流行してたんだよ。
1950年代の娯楽の中心は映画だったんだ。ヒットした映画に登場するファッションが流行する時代だったんだね。
1953年に公開された邦画「君の名は」でヒロイン・真知子がしていたマフラーの巻き方は「真知子巻き」として流行したんだよ。
1954年に公開された洋画「ローマの休日」では、オードリー・ヘップバーンがしていたヘアスタイルが流行したんだ。
1950年代の男性のファッションは「太陽族」だったんだよ。
今は東京都知事となった石原慎太郎氏が「太陽の季節」で芥川賞を受賞したのは1956年のこと。
「太陽の季節」は戦後の不道徳と言われる若者の姿を描いた小説だったんだ。弟の裕次郎が主演で映画も作られたよね。
映画に登場するファッションスタイルを若者はこぞって真似たんだけど、彼らのことを「太陽族」って呼んだんだよね。
太陽族の特徴は、細身のマンボズボンにアロハシャツ、ツートンカラーの靴にサングラス。それに慎太郎刈りと呼ばれたヘアスタイル。慎太郎刈りというのは作者の石原慎太郎の名前を冠したヘアスタイルで、スポーツ刈りを基本に前髪を額に垂らす髪形だったんだ。
この後に来るロカビリーファッションでもマンボズボンは流行して社会現象にまでなったんだよ。
アメリカン・スタイルや太陽族は、それまでの古い価値観を捨てて自由を象徴する若者の間で大流行したファッションだったんだよね。
1950年代は、新しい時代への期待と豊かさへのあこがれが、ファッションに反映された時代だって言えるんじゃないかな。

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1960年代の流行 2008-05-13 23:05:43 

1960年代にはどのようなものが流行してたか見てみようかな。
1958年から続く「岩戸景気」で幕開けした60年代、高度経済成長が進む中でファッションの世界も華やかになってきたんだ。
60年代に流行したファッションはVANを発端としたアイビー・ルック。アメリカ東海岸の名門8大学のアイビーリーグに伝わるファッションで日本にも大ブームを巻き起こしたんだよ。
アイビー・ルックの特徴は、寸胴型のシルエットとナチュラルショルダーと三つボタンというストレートな細長いライン。
1964年に東京オリンピックが開催されると、突発的にみゆき族っていうのが流行したんだ。
5月ごろから大勢の若者が銀座みゆき通りや並木通りにたむろするようになって、通りの名前をとって彼らを「みゆき族」って名付けたんだ。
みゆき族の特徴はアイビー・ルックを少し崩したスタイルで、二つに折ったハンカチーフを頭にかぶってロングスカートのバックに共布のリボンベルトを結んだスタイル。
男女ともに大きな紙袋か麻袋を抱えていたんだ。紙袋ならばVANが人気。
東京オリンピックをまじかに控えたこの時期、築地警察は銀座みゆき通りや並木通りにたむろするみゆき族を一斉に補導したために、ひと夏限りでみゆき族は姿を消してしまったんだよね。
音楽の世界では60年代半ば、グループサウンズが注目されてたんだ。
1966年にビートルズが来日し、彼らの着ていたモッズファッションは日本の若者に大きな影響を与えることになったんだよ。
モダーンズを略してもっズと呼ばれたファッションは、ロンドンの下町で生まれたんだ。
モッズは、長髪と船員帽、花柄や水玉柄の派手なシャツ、幅広のネクタイ、股上の浅いスリムパンツ、足元はブーツというのが特徴。
ちょっと奇抜すぎたモッズファッションは大流行には至らず消えていっちゃったけどね。
1967年には新宿東口駅前広場に若者の集団が見られるようになったんだ。仕事もしないで、汚れたTシャツ、ジーンズ、素足にサンダル、ユニセックス、ショルダーバッグ、長髪、不精ひげというのが彼らの特徴。フーテンあるいはヒッピーと呼ばれたよ。この集団の中には芸術家の人たちもいたようだけどね。
海の向こうのアメリカでは、サイケデリックムーブメンントが起こってたんだよ。
サイケデリックは、ドラッグで得られる幻覚や意識拡大を通じて音楽やファッションで新たな表現を生み出すものだったんだ。
日本ではサイケ調のデザインが流行したんだよ。
日本のサイケの中心となったのが新宿。サイケ調インテリアでロックを爆音で流しながら、サイケ調ファッションの洋服やポスターが売られて、サイケスナックが目立つようになったんだ。
こんなサイケファッションの若者たちのことを「サイケ族」って呼んでたんだよね。
この時代って「○○族」っていうのが好きだったんだね。

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1970年代の流行 2008-05-13 23:03:36 

1970年代はどんなファッションが流行してたのかな。
70年代のファッションと言えばジーンズの流行だよ。
ジーンズっていうのはヒッピーと言われる人たちが世間に広めたアイテムなんだ。
60年代後半、活発化した学生運動でもジーンズは自由や反抗あるいは反体制の象徴のアイテムだったんだよ。ジーンズは、良くも悪くも若者のファッションとして流行したんだ。
ジーンズが流行し始めたころは、シンプルなストレートジーンズが主流だっただけど、その後に裾の広がったベルボトムジーンズが登場して、ラッパズボンと呼ばれたんだ。最先端のファッションとしてジーンズが認識され始めたころのことだよね。
この当時の定番のコーディネートは、上げ底の靴に、体にフィットしたTシャツと、モモはぴったり裾は地面スレスレでラッパのように広がったジーンズがお洒落だったんだよ。
ジーンズはもともと作業服だったんだけど、70年代前半からファッションとして認識されるようになってきたんだ。
70年代半ばごろには、スポーツファッションやアウトドアファッションを日常に着ることが若者の間に定着してくると、タウンカジュアル化したアウトドアウェアのアイテムを着るスタイルをヘビデューティーって呼ぶようになったんだよ。ダウンベストやダウンジャケット、トレーナー、スニーカーなんかが流行したよね。
現代にも続く実用的なカジュアルファッションの流れは1970年代から始まったといえるよね。
このファッションの流れは、1975年に終結したベトナム戦争でアメリカに若者文化が復活したことからだって言われてるんだ。テニス、サーフィン、ジョギングなどの文化がアメリカに生まれたのがこのころなんだよ。
それでね、ファッション雑誌が沢山創刊されたのもこの70年代のことだったんだよ。
70年に「an an」、71年に「non-no」、77年に「more」「クロワッサン」、79年に「JJ」などいまでも続いているファッション雑誌が続々と創刊されたんだ。
1975年から80年代前半にかけては神戸発のお嬢様風ファッションスタイルが流行してたんだ。このスタイルのことをニュートラって呼んでたっけね。このファッションの特徴は、定番のブレザーとワンピース、カーディガンなんかのアイテムに、グッチやセリーヌやフェンディやエルメスなんかの有名ブランドを合わせること。
「an an」が名付け親だったけど、流行の中心となったのは「JJ」だったんだよね。
79年には、原宿の歩行者天国で独特の服装で踊る「竹の子族」も流行したんだったね。竹の子族から芸能界入りした人も登場して当時は最先端のファッションだったよね。

 

トイプードル 病気
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1980年代の流行 2008-05-13 23:00:19 

1980年代にはどんなファッションが流行ってたかな。
流行は時代とともに変化するけど、80年代のファッションがどんなだったか思い出してみよう。
1980年代はDCブランドの時代だったんだよ。
DCっていうのは、デザイナー&キャラクターのブランドのこと。
この時代を代表するブランドには、川久保玲のコム・デ・ギャルソン、山本耀司のワイズがあるよ。
バブル期が始まろうとしている80年代、若い人たちもファッションにお金をかけるようになってきたの。DCブランドはこういった時代を背景に、全身を一つのブランドで固めるスタイルの若者が増え、ブランドやデザイナーで着用する人の個性と自己主張をするようになってきたんだ。
バブル景気は80年代後半には加速度を増してきたんだったね。
若い女性はセクシーな大人の女を目指して、ボディコンスーツに身を固めて通勤するようになってきたんだ。体のラインを強調したセクシーなファッションで通勤なんて、今では考えられないけど当時はそれがトレンドだったんだもんね。
DCブランドのルーズなデザインに満足しなかった女性は、ボディコン派となって、ボディコンファッションは若い女性の間に急速に広まったんだよ。
ボディコンのブームは、1986年から89年までの約3年間続いたんだ。
ボディコンっていうのはボディ・コンシャスの略で女性特有のラインを強調するファッションスタイルだったんだ。
ミラノコレクションで発表されたスタイルを日本ではさらに強調した体の線がくっきりと目立つ服が人気となったんだよ。
ボディコンには前髪をカールさせたワンレングスの髪形が定番だったんだよね。
一日の仕事が終わった女性たちはこのスタイルでディスコへ繰り出すのがステイタスだったんだよ。
バブルの頂点は1988年。このころから、ファッションはカジュアルスタイルが広まりだしたんだ。ポロシャツ、白のTシャツ、ストライプシャツ、インポートもの、紺のブレザー、ストレートジーンズ、ヴィトンのバッグ、足元にはモカシン、これが渋カジと呼ばれたファッションだったんだよ。
渋カジは、渋谷区・世田谷区・港区で私立の男子高校生が発信源となって流行したんだ。
時代は変化してもファッションの流行は繰り返されるって本当だね。

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